2017年10月20日金曜日

経験は宝物

私が、イベントで放送係をやったり、宴会で司会をやったりするのは、
たぶん、高校時代の放送部の経験から、
人前で原稿を読むことにあまり抵抗がないからかもしれません。
(アドリブは、ダメダメです)

あまり皆がやりたくない役柄のわりに、私が「誰もやりたくないならいいよ~」ってな感覚で引き受けられます。

毎朝、NHKのAMラジオを聴くのですが、
たまたまFMになっていて、どこかの民放の放送が流れていました。
そこから、なんだか聞いたことがある名前が・・・
高校の部活の後輩でした!

すごい!ラジオのパーソナリティー(って言うの?)ではありませんか?!
当時から上手な子でしたが、そのかわいらしく瑞々しい声は変わりなく、
ただしゃべりがしっかりになって、名前と声で、すぐにわかりました。
あの頃から、声のお仕事にあこがれて頑張っていたのか、たまたまそうなったのかわかりませんが、
とても懐かしく、そしてとても感慨深く感じました。

私は、高校部活時代、アナウンス部門ではなくて、朗読部門だったのですが、
NHK杯のコンテストで、実は全国大会にも行きました(笑)
なのに、今は、もう、レッスンも噛み噛みで・・・・情けない。

彼女に気づいてから、いろんなことを思いめぐらしました。

顧問の先生が、それはもう厳しくて。
物理の先生だったのですが、物理室と放送室が、不幸にも対面にあって、
まずい校内放送をしてしまうと、物理室の窓がバンッと開いて、
「誰かぁ~今のはぁ~~⤴」と、野太い声のゲキが飛びます。
また、例えば「紅葉の葉」という言葉を読むとします。
だいたい、決まって
「お前は、その紅葉の葉をイメージして読んだのか?え?
どれくらいの大きさで、どんな色で、どんな質感で、どんなところにある紅葉なんだ?
晴れの日か?曇りの日か?朝か?夜か?」みたいな質問攻めにあうんです。
「お前の声から、俺はどんな紅葉か想像できないんだよ!見えないんだよ!情感がないんだよ!」
なんて、高校生に言われても・・(苦笑)
それだけ、丁寧に作品を読めということだったのでしょう・・・
私は逆に「アンタはいったい何を言っているんだよぉ」と心で思っていましたが。

そんな訓練は、その後の人生に、本当に役に立ちました。
まぁ、めんどくさいこともありましたが(笑)

太極拳が楽しく感じることができたのも、その先生のおかげだと思うし、
物事一つ一つに丁寧に取り組むクセがついたのも、
どれだけ気持ちを込めたかは、口でアピールしなくても相手に伝わるということもわかりました。

「とかく物事を分類して名前をつけたがるのが人間の人間たる所作」だと、
よりによって理系の知人が言っていましたが、そういう目に見える「名前づけ」も、
訓練や心の持ち方という見えない部分と表裏一体であるような気がするし、
結論があって、それがどうしてそうなるのか、紐解いていくことが素晴らしい勉強だと感じます。

今まさに、私の勉強していること、
太極拳が東洋的ならば、新しい勉強は西洋的で、それが互いに理解を深め、
時間を忘れてしまうほど楽しいです。

文字にし言葉にし説明できるほど、強く濃く自分に落とし込むことを大事にしなければいけないと思う反面で、「なんとなく」という感性も大事にするべきだと感じます。

記事の内容とは関係ないのですが・・・
この写真、ちょっと感動的☆

傅先生のWe Chat にアップされていた記事の写真です。
スペインのマドリード空港だそうですが(たぶん)、傅先生が着ているシャツ!!
先月、来福された際、私がプレゼントしたんですぅ( *´艸`)
スペインでも講習されたみたいです。




2017年10月13日金曜日

今年は終わった・・・

体育の日、毎年恒例の福岡市の太極拳のイベントが終了。

今年から新しいメンバーを入れたり、
参加予定のメンバーが病気をしたり、
私の心の中では、当日まで波乱万丈ありました。

大会当日、放送班の班長だったのですが、
スタッフも参加者も、みーーーーーんな、私より年長者なので、
走らせてはいけない、立たせてはいけない、と、すべてが私になるわけで・・・・(笑)
今年の大会は、本当に疲れました。

また、当日は、肝心の自分のチームのことがおろそかになってしまいましたが、
毎年参加しているメンバーが、ちゃんとしてくれて、助けられました。

 
 

平均年齢75歳(以上)のチームも頑張りました。この笑顔に救われます(泣)
 
 
その後の、打ち上げのビールが美味しいこと!
私は、打ち上げにかなりこだわるのですが、
それは、1つ1つの出来事を、すべていい思い出で終わらせたいからなのです。
終りよければすべてよし。
いい記憶は、次回へのエネルギーになります。
それぞれの個性が、いい具合に交わって、10倍も100倍も充実するような、
そんなコーディネイトをしたいなぁっていつも考えています。
(上手くいかないこともあるけどね)
 
このイベントが終ってから、なんだか私には秋風が吹いています。
黄昏ていてはいけませんね。
さ、もうひと踏ん張り!
 

2017年10月1日日曜日

名刺の次は・・・ そして。

私の生徒ちゃんに、歯科技工士の女性がいます。
私の通っている歯科医院の技工士さんなのですが、彼女は私と同じくらいの年齢で、
リウマチを持っていて、ずっと治療をしています。
太極拳を初めてまだ1年経っていないのですが、肩関節が痛くて上がらなかった腕が、
万歳ができるまでになりました。そして、巻き爪が治ったそうです。

私は、ここ1年位で、ちょうど10年位前に治療した歯達が、一斉にメンテナンス時期を迎え、彼女のいる歯科医院にせっせと通っております。(歯科貧乏でっす)

土台の治療が終わった、とある歯。最終的な調整をする前に仮の歯を入れておかなければいけないのですが、仮と言っても、日々使うモノなので、やっぱりちょっとお高いものをチョイス。
そして彼女に「カッコイイやつ、お願いね」と冗談で言っておいたのですが、出来たものがコレ!

なかなかの絵心です!今、私の口の中で、魔除け石みたいに鎮座しています。
一生仮歯でいいかも(笑)

私は、太極拳においては、経験も造詣も感覚も、まだまだ未熟者で、
偉そうなことを、全くもって言えない身でありますが、
この先、自分がなんらかの病を患ってしまったとしても、太極拳はやめないと思います。
教えることはやめるかもしれないけど、自分の養生のために、太極拳を続けます。

実際に、多少身体がきつくても、微熱があっても、関節が痛くても、
太極拳をやるとすっきりします。血液の循環がよくなって、免疫力が上がるからだと思います。

傅先生も三代先生も、具合が悪くなったら太極拳をやりなさいといいます。
その通りだと思いますし、自分の生徒ちゃんにも、周りの人にも、そう強く言いたいです。

でも、やはり、各個人にそれぞれの事情や考えがあり、また、その病気に対し、どのように効果があるかなど詳細に聞かれれば、私には責任を持てる自信はありません。
身体全体の機能を上げることで症状が改善されるものだし、感じ方には個人差がありますし。

病や怪我、家庭の事情などで、太極拳をやめていく生徒ちゃんを見ると自分の力不足を感じます。
逆に「太極拳をやめたらおしまい」と言って、必死に教室に通ってくれる生徒ちゃんを見ると、
使命感に駆られます。

太極拳は、ただの運動ではないと思います。
目に見える運動効果は、数値としても実証されていますが、
集中することによる精神の安定、
身体と向き合うことで宇宙とつながる不思議
整うことで聞こえるメッセージ 
そこに、病と向き合う答えが見つかるのです、どう生きるかのヒントがあるんです。

「病は、人生の軌道修正のチャンスだ」と岡部先生はおっしゃいます。
病にどう向き合うか、私はそこで、その人の人としての価値が試されていると考えています。
世間一般の優劣ではなくて、宇宙規模で、その人に課せられた使命に気づく機会だと思います。
自然界の食物連鎖のように、小さなバクテリア1匹にも、宇宙全体での存在価値がある。
ただ、その役割や生き方は、人それぞれに違います。
でも、答えは、きっとその人の中にある。

何をしなさいと言っているわけではないし、
長生きすることがすべてじゃないし、
病気が悪い、ましてや、患った人が悪いと言っているわけでもありません。
試練が大きいほど、試されているのです。

病を治すためだけに太極拳をやるわけではなく、
太極拳をやることが、
ある局面に立たされたとき、自分がどのように生きて行けばいいのか、
それを見つけられるための訓練となってほしい。

人の命は、誰にもわからない、摩訶不思議の世界です。神のみぞ知る?
健康オタクの人が大病したり、日々不摂生で長生きしたり、
お金持ちが長生きするわけでもなく、最高の医療が何でも治せるわけでもない。
たとえ小難しい病名が付けられたとしても、
自分の治し方は、潜在的に自分が知っているんです。
知らず知らずにそれに気付けた人が、知らず知らずに神様の声を感じた人が、
知らず知らずに、そこそこ幸せに人生を送れているのではないかな。
その幸せも、客観的にははかれない、自分だけの幸せ。

大きく寛容に繊細で、
柔らかく暖かく強い。

あんまり言うと、「アイツは正気か?」と言われかねないので、こんな話はどこででもしないのだけど、あるところへ行けば、当たり前のことです。

情報に翻弄されず、自分を信じて、心柔らかに。
ニュートラルには、アソビも大事。そして笑顔を忘れずに。

私も、日々苦悩しています。
だから太極拳をやるんです。

私自身がいざ患った時に、どれだけ勇敢でいられるかはわかりません。
人一倍凹むと思います。ずっと泣いていると思います。
だけど、どこかで、説明できない自信が私を支えてくれるような気がします。

もっと、太極拳の素晴らしさを感じ、人に伝えられるようになるために、
来月からある資格の講座を受講します。

私にかかわるすべての人が、みんなみんな、元気で楽しくいて欲しいです。